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『虎の尾を踏む男達』(黒澤明映画第12作品あらすじと解説):悲劇と喜劇の奇妙なバランスの作品

1952年(昭和27年)4月24日に公開の黒澤明監督作品『虎の尾を踏む男達』。

実はこの作品、制作されたのは1945年(昭和20年)・太平洋戦争終戦前後のこと。

GHQの検閲のため、7年もの間お蔵入りになってしまった作品です。

この記事では『虎の尾を踏む男達』のあらすじや解説を紹介いたします。

黒澤映画「虎の尾を踏む男達」のあらすじ


山道を辿る七人の山伏と剽軽な強力が一人。

山伏たちは、逃避行中の源義経と弁慶主従の一行だった。

麓の村で雇ったお喋りの強力(ごうりき)の話から、この先の安宅の関で地頭・富樫左衛門が義経を追捕すべく待ち構えている事や、さらに富樫が義経一行が七人の山伏姿に扮していることがバレている事が分かった。

一計を案じた一行は主人義経を強力に仕立てて関所に向かう。

関所で通行人の吟味にあったているのは、地頭・富樫左衛門と幕府の役人。

弁慶は、一行が東大寺再建の勧進を行っている旅の山伏であると説明する。

しかし、この一行が怪しいと睨んでいる関所の役人に、山伏を見過ごす事は出来ないと言われる。

仏に仕える者を討ち果たすのは言語道断なれど、この期に及んでは致し方もなしと、潔く縛に付く事を決めた弁慶達に富樫は好感を持つ。

勧進なればと勧進帳の聴聞を求める富樫。

白紙の巻物をもって朗々と読み上げる弁慶。

さらに問答に及ぶ富樫。

淀みなく応答する弁慶。

それは勧進の山伏として関所の通過を認めようとする富樫の方便だったが、役人は強力が義経に似ていると捕縛を主張する。

その主張を聞くや否や、弁慶がやにはに強力に扮する義経を杖で激しく打ちつける。

汝が弱々しい為に要らぬ疑いをかけられるのだと責め、何度も打ち据えた。

主君を杖で激しく打ち付けるはずはないとの富樫の主張により、義経一行は無事関所を通過する。

関所を通過を通過した後のこと。

計略とはいえ主君に狼藉無礼を働いた事を伏して詫びる弁慶。

我を打ったのはこの手ではなく、八幡大菩薩の有難い手だと義経は感謝する。

その後、富樫から届いた酒肴で一行は宴を張る。

酔い潰れていた雇われ強力の男が目を覚ました時には、義経達の姿は消え、礼の小袖と印籠だけが残されていた。

男は、後を追う様に山を降りて行く。

その姿は花道を退場する飛び六方であった。

 

黒澤映画「虎の尾を踏む男達」・解説

 

改めて説明するまでもなく、「虎の尾を踏む男達」は、能の「安宅」を基にしている歌舞伎の「勧進帳」をそのまま映画のストーリーに使っています。

歌舞伎の勧進帳は、義経主従の悲壮な逃避行と緊迫した安宅の関所の通過を舞台に、弁慶と富樫左衛門の二種類の男気を描いた演劇です。

そこには悲壮感と緊迫感、涙と感動だけがある筈です。

弁慶演ずる大御所役者・大河内伝次郎さんの重厚な演技によって、映画でも歌舞伎の重々しさが良く表現されています。

しかし、ここに昭和の喜劇王・榎本健一(エノケン)演じるひょうきんな強力を登場させるところが、まさに黒澤マジックです。

単なる歌舞伎演劇の焼き直し映画で終わるのではなく、喜劇の楽しさを取り入れるてパロディ化する事で、誰もが知っている勧進帳をさらに面白く、大衆が馴染みやすい作品に昇華させています。

また本来は地謡が入る場面では、地謡を洋楽の合唱風にアレンジしたミュージカル的な表現を使い、
お堅い能や歌舞伎とエンターテインメントとしての映画の観客との距離を縮めています。

制作や上映に当たっては、戦中戦後の、今では首を捻る様な逸話が残っています。

制作を開始したのは太平洋戦争末期のこと。

元々は有名な信長の桶狭間を題材にする事で、この映画の企画はスタートしました。

物資困窮の折、沢山の馬の調達が不可能な事から、大掛かりな装置が必要ない簡単な映画として「勧進帳」が浮上したといいます。

山伏が山道を歩く映像は、撮影所の近所の山で撮られたという簡単さでした。

撮影途中で終戦を迎え、撮影現場見学の進駐軍の中に、後の映画監督ジョン・フォードが米軍大佐として混じっていた事も分っています。

撮影が昭和20年に完了していたにも拘らず上映は昭和27年と、7年間もお蔵入りだった事も当時らしいエピソードです。

終戦直後でまだ映画の検閲制度が残っていた為に、検閲官に古典芸能を愚弄したくだらない映画と判定されて世に出なかったのです。

「くだらん奴が、くだらんと言う事は、くだらんものではない証拠で、つまらん奴がつまらんという事は、たいへん面白いという事だ!」という黒澤監督の怒りの捨て台詞は有名です。

この時の検閲官は、エノケン如きを勧進帳で使うのが歌舞伎を愚弄しているとした根拠だったそうです。

現代では伝説の喜劇俳優となっているエノケンでさえ、当時文化的に認められなかったんですね。

喜劇映画などは下劣だという認識しかなかった当時の感覚は、正に今は昔の感があります。

結局映画の上映禁止を解除したのは、この映画が面白いと感じたGHQの映画部門担当官でした。

後に黒沢監督が世界の黒澤として海外での評価が高まる事を考えると、興味深い出来事です。

 

黒澤映画「虎の尾を踏む男達」・まとめ

 

重厚な演技の大河内伝次郎が演じるシリアスな演劇に、喜劇の王様エノケンこと榎本健一が乱入する。

考えてみれば、これで一つの映画が成立する事自体、奇跡かもしれません。

歌舞伎の映像に洋楽風コーラスを重ねる事も無理があってしかるべきでしょう。

こんなある意味ハチャメチャの取り合わせを見事に調和させ、しかも見応えのある傑作映画に仕上げてしまう黒澤明監督のとんでもないところです。

そのバランス感覚に脱帽して、是非皆さんにもこの黒澤ワールドを堪能して貰いたいと切望します。