『一番美しく』は黒澤明監督作品の映画の中でも隠れた名作

戦時中のプロパガンダ映画と評されることの多い『一番美しく』(公開:1944年4月13日)。

その一方で、黒澤映画のファンの間では、この作品は隠れた名作であるとされています。

黒澤監督は、この作品で私たちに、どんなメッセージを伝えたかったのでしょうか?

『一番美しく』のストーリー

 

戦時中の軍事製品生産工場が舞台の本作。

そこに、日本軍の戦況から生産ノルマを倍増せよとの報せが入ってきます。

そして男性工員は普段の倍のノルマを、女性工員は性別差から1.5倍のノルマ増を課されました。

しかしそこで女性工員長の主人公、渡辺ツルをはじめとする女性たちはこれを不服として、自らノルマを1.5倍ではなく、1.75倍にまで増やしてくれと申し出ます。

その後、彼女たちの頑張りにより生産高は一時的に上がるのですが、やはり無茶がたたって次第に生産高は停滞を見せます。

そういった思い通りにいかない苛立ちから女性たちの間でケンカが始まってしまうのでした。
ギクシャクする人間関係。

しかし彼女たちは寮母のサポートや上司たちの励ましによってまた立ち直り、再び結束を固めます。

そして再び生産高を上げるために頑張りはじめた彼女たちの努力は、次第に実を結びだすのでした。

 

『一番美しく』について

 

軍事工場で働く女性たちの人間ドラマを生々しく描くこの作品。

黒澤明監督ならではの視点で撮られた本作は、まるで実際にその時代の彼女たちを間近で撮ったかのようなリアリティと説得力を持ってその重厚なストーリーを展開させていきます。

人間ドラマを撮らせたら横に並ぶものは居なかった黒澤明監督の流石のカット割りや技法に圧倒されること間違いなしです。

実は、そのリアリティの影にもしっかりと黒澤明さんの手腕が影響しているのです。

彼は女優たちをよりリアルな女性工員の姿に近づけるために、彼女たちに実際に当時の工員と同じ生活を送らせました。

『7人の侍』で雨のシーンに迫力を出させるために人工雨に墨汁を混ぜた伝説を持つ黒澤明監督。

妥協を許さない完璧主義が、この『一番美しく』でも冴えわたっていますよね。

戦意高揚のために撮られたプロパガンダ映画である本作ですが、当時の人たちは果たして本当に映画を観て士気を上げるなんていうことがあったのでしょうか?

現代の私たちからするとなかなか想像がつきませんよね。

戦争に万歳をかかげて全てを捧げるかのようにひたすら軍のために働く彼女たちの姿は、意図せずなのか、それとも天才黒沢明監督の隠された意図なのか現代の私たちの反面教師になってくれます。

そう考えるとこの映画もチャップリンさんのモダンタイムスのような皮肉な作品に見えてきますね。

 

『一番美しく』を観た感想

 

この作品は第一によくできた戦争映画で、戦争というフィルターを通して日本人の強さと心の在り方をていねいに描いた作品に仕上がっています。

パッと見では戦争賛歌のプロパガンダ作品ですが、しかしそこにどこか皮肉を抱いている黒澤明監督の心の奥を感じてしまうのは私だけでしょうか?

私は映画を観ている途中、カット割りを指定し現場で指示を出していた黒澤明監督が、画面の向こう、カメラの向こう側からニヒルな笑みでこちらを見てきているような、心を見透かされているようなそんな気持ちになりました。

黒澤明さんは一体何を感じて、どう意図しながらこの作品を撮ったのかを考えると何度でも何度でも観かえしたくなる作品です。

黒沢明監督亡きあと、今となっては答えは分かりません。今作の主人公のように自分で考えて、その答えを信じるしかないのです。

しかし表向きはさすがの黒澤節で、戦争ドラマ作品としてしっかりと一本筋が通ったストーリーを楽しめる『一番美しく』。

映画である以上は面白くするという信念を持っていた黒澤明さんはやはりすごい監督だったんだなと改めて思い知らされます。

何の予備知識もなく作品を追っても、次から次に起こる人間ドラマに前のめりになってしまいます。

そして娯楽として楽しめるストーリーの中にある主人公たちの常識を疑う反骨精神、ねばり強い心、性差に立ち向かう姿はどこか現代の日本に通じる強いテーマを感じられると思いませんか?

黒澤明さんはあの時代からもう未来のあり方を見抜いていたのかも知れません。

平和な今の時代だからこそ、観てほしい名作です。

コメント