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『影武者』(黒澤明映画第26作品あらすじと解説):勝新太郎の降板劇で話題になった映画

1980年(昭和55年)4月26日に公開された映画『影武者』。

この映画の信玄役、そして主役の影武者役は、仲代達也ではなく、勝新太郎が演じる予定でした。

この記事では、黒澤明監督の26番目の作品となる『影武者』をご紹介します。

映画『影武者』のあらすじ

 

 

時は群雄割拠の戦国時代。

甲斐の武田信玄は上洛(京へのぼること)をにらみ、東三河で野田城を攻撃していました。ある夜、城から発砲された玉が信玄に当たり、武田軍は甲斐へ引き返します。

その途上で信玄は死亡。

信玄の遺言によると、「自分の死を他へもらさず、3年の間は国のなかを治めることに専念せよ。幼い嫡孫・竹丸が成長するまで、皆で力を合わせてほしい」とのこと。

重臣たちは遺言を守り、その死を身内や家族にも明かさず、信玄の影武者を立てることとなりました。

この影武者は、信玄の弟・武田信廉が見つけてきた者で、素性はケチな盗人。

紆余曲折合ったものの、盗人の影武者は信玄として暮らしはじめます。

しかし、戦国の勇猛な武将を演じるのはとてつもなく過酷なことでした。

やがて影武者は悲惨な最期を迎えます……。

 

黒澤明と勝新太郎のケンカ

 

この映画の信玄役、そして主役の影武者役は、当初・勝新太郎でした。

しかし、クランクイン2日目にして、黒澤明監督とケンカになり、勝新太郎は降板してしまいました。

原因は勝がリハーサルの現場にビデオカメラを持ち込んだこと。

勝新太郎は、自分の演技をチェックするためにビデオカメラを持ち込みました。

しかし黒澤監督は、「そんなことされたら気が散る。あんたは余計なことせず、自分の役に集中するだけでいいんだ!」と一喝。

怒った勝新太郎は、衣裳部屋でカツラをむしり取って出ていったそうです。

さらに、黒澤明監督に殴りかかろうとした勝新太郎。

東宝のプロデューサーに止められて、それ以上の大事に至ることはありませんでした。

こうして、黒澤監督と勝新太郎の夢のカップリングは幻と消えてしまいました。

このニュースは、当時、テレビや新聞でも大きくとりあげられたものです。

勝新太郎の代役として、黒澤監督の映画でもおなじみの仲代達矢に白羽の矢が立ちました。

最終的に「影武者」は、見事カンヌ映画祭でパルムドールを受賞しました。

しかし、後に黒澤明監督は大林宣彦監督にこのように語っています。

「もし、勝が主役だったら、影武者は凄い映画になってたよ。それが、一番残念だと思っているのはボクだよ」

黒澤明監督自身も、勝新太郎降板は残念な出来事だったことが分かる言葉ですね。

 

色鮮やかな合戦シーン

 

この映画で最も注目すべきは、色鮮やかな鎧兜で色分けされた武者たちの合戦シーンです。

色分けされた鎧兜での合戦は、史実には反するもののです。

しかし、日本の歴史になじみの薄い外国人にとって分かりやすく、また映像美の観点でも美しいものでした。

この演出が海外で評価され、カンヌ国際映画祭での受賞につながりました。

外国版プロデューサーは、黒澤監督を敬愛する2人のハリウッド映画監督、「ゴッドファーザー」のフランシス・フォード・コッポラと「スターウォーズ」のジョージ・ルーカスが担当しています。

また、金銭面でも、このふたりの監督が20世紀フォックスと交渉し予算が確保されたとのことです。

 

映画『影武者』の感想

 

武田信玄の影武者として生きた男の悲喜劇を荘厳・絢爛な映像で描いた時代劇大作です。

もしこれが勝新太郎が出演していたら、という声については理解できます。

映画の最初のほうでは、仲代達矢が演じているのに、勝新太郎が演じているかのような、まさに影が見えるような雰囲気があります。

違和感と言ってもいいです。

映画が進むにつれて、その違和感はしだいに消えていき、やはり仲代達矢だなあ、と思える映画に仕上がっています。

この映画で意見が分かれるのは、ラストの合戦を映さない合戦シーンです。

これを見て、「なんか、黒澤明らしくない…」との意見もあります。

かつての、あのギラギラした精気はもう失くしてしまったのだ、と。

しかし、合戦を映さずに合戦、というのもなんとも非凡ではありませんか。

クロサワならではの壮大な実験といっても過言ではありません。

そして合戦がただ「死体の山」として描かれるラストシーンは、『乱』の三の丸の悲劇につながるものだと思うのです。

確かに批判の多い映画ではありますが、個人的には高く評価している作品です。