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『デルス・ウザーラ』(黒澤明映画第25作品あらすじと解説):米国アカデミー賞を受賞したソ連映画

1975年(昭和50年)8月2日に公開された映画『デルス・ウザーラ』。

黒澤明監督が、8ヶ月に及ぶ過酷ロケの末に、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したソ連・日本の合作映画です。

この記事では、黒澤明監督の25番目の作品となる『デルス・ウザーラ』をご紹介します。

映画『デルス・ウザーラ』のあらすじ


舞台は20世紀初頭のシベリア沿岸部シホテ・アリン地方。

当時の地図上ではまだ空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作を目指すアルセーニエフー大尉は調査隊を率いて密林に入った。

そこで彼は少数民族ゴリド人の漁師デルス・ウザーラに出会う。

デルスは驚くべき事に密林で一人、原始的な生活を営んでいた。

アルセーニエフー大尉は彼をガイドとして調査へ同行させるのだが、「原始的」なデルスとの旅はやがて「文明的」なアルセーニエフー達の価値観や生き方に影響を与えていく。

 

構想20年の映画『デルス・ウザーラ』

 

デルス・ウザーラデルスとアルセーニエフーの間に生まれる友情や師弟関係が、広大なシベリアの風景の中で描かれるこの作品が公開されたのは1975年だが、この映画の構想はその20年も前から黒澤明監督の中にあったという。

当時、黒澤監督はロシア人探検家ウラディミール・アルセーニエフによって書かれた「デルス・ウザラ」を元に「エゾ探検記」を企画。

登場人物はアルセーニエフー大尉に当る役に三船敏郎、デルスに当る役として志村喬をキャスティングしていたが、結局この企画は流れている。

デルス・ウザーラは、その企画から20年の時を経て日ソ合作で制作され、長年暖めてきた構想を黒澤監督は存分に表現することができたのだ。

約8ヶ月に及んだシベリアロケは過酷を極めたという。

シベリアの厳しい自然環境は言うまでもなく、ソ連側が用意した撮影機材の粗悪さや、計画経済下の厳しいフィルム使用制限なども撮影の難航を招く要因だったようだ。

にも関わらず、黒澤監督は妥協することを嫌った。

それは劇中登場するトラについてのエピソードを紐解いても分かる。

当初ソ連側が用意したトラはサーカス団が飼育する調教されたトラだったのだが、黒澤監督は「目が死んでいる」として野生のトラを捕獲するようにソ連側に依頼した。

しかし、野生であるが故に思うように動いてはくれず、野生のトラが使われたシーンはごくわずかだった。

結局はサーカスのトラの出番となったのだが、黒澤監督の「本物を追求する姿勢」とその熱意に応えたソ連側スタッフの熱い情熱がうかがえる。

1975年に日本で、翌年にソ連で公開されたこの映画の配給は日本ヘラルド映画に加えてアメリカのニュースワールド・ピクチャーズも加わったという点にも注目したい。

映画プロデューサー、ロジャー・コーマンが「アメリカ人にも見せるべき」として配給権を勝ち取ったのだが、これがアカデミー賞の布石となり、黒澤監督はアカデミー賞受賞監督となったのである。

これによって黒澤明が『世界のクロサワ』になったといえる作品だ。

 

映画『デルス・ウザーラ』の感想

 

たき火を囲む調査隊一行の前にデスルが現れる冒頭のシーン。

出演者全員が外国人、場所はシベリア、なのに「黒澤明だ」と分かってしまうからすごい。

歴代の黒澤作品と違って決して「上手く撮られた画」ではなく、自然の荒々しさをそのままぶつけるような荒削り感が半端ない。

なのに、黒澤明を感じずにはいられないのだから、やっぱり彼は凄い監督なのだと改めてうなった。

70mmフィルムでひたすらロングショット、時に人物はシルエットに近い状態で表情どころかどれが誰なのか判別すらできないようなシーンが続く。

終盤、都会の明かりの下でようやく「隊長ってこんな顔だったんだ」と思いだしたくらい(苦笑)

でも、デルスだけは脳裏に鮮明に焼きついて忘れられない良い味した「オヤジ」で印象に残る。

まあ、タイトルになるくらいだから黒澤が敢えてそうなるようにキャスティングや撮り方に拘ったんだろうな。

デルスはシベリアの厳しい大自然を生き抜く(しかもたった一人で)超自然児。

超人的な才能を発揮することもある。

その自然児っぷりをみて「まあだだよ」の「百聞先生」を思い出す黒澤明ファンも多いんのではないだろうか。

撮影は断然こっちの方が過酷だっただろうけど。第一部のクライマックスシーン。

夕日が迫る名でひたすら草を刈り続ける登場人物達の息づかいがそのまま使われている。

沈みゆく太陽と迫り来る夕闇の背景が恐ろしいほど効果的で、演技とは思えない緊迫感を見ているこっちもひしひし感じる。

実際には何日も何カットもかけて撮ったのかもしれない。

でも、そんな作為的な要素など一つも感じさせない迫力にやられっぱなし。

寒さと恐怖の夜が空けて朝を無事に迎えた安堵感。

映画の中に入って自分も一緒に体験したかのようにほっとする瞬間に共感してしまった。

これほどまでに自然は厳しいこと、それをを身をもって知り、旅の後デルスが死ぬことも冒頭で予告されているのに、デルスは密林へと帰っていく。

彼は「都会には住めない」と言い残して。

その後の描写は実にあっさりとしている。

それがむしろ鮮烈な印象を残す。