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『どん底』(黒澤明映画第17作品あらすじと解説):ゴーリキーの戯曲をベースにした時代劇版ミュージカル

1958年(昭和33年)12月28日に公開された映画『どん底』。

ゴーリキーの戯曲をベースに、江戸の貧乏長屋に住む最下層の人々の生活をリズミカルに描いた作品です。

この記事では、黒澤明監督の17番目の作品となる『どん底』をご紹介します。

映画『どん底』のあらすじ

石垣で周囲を囲まれた長屋は、日が当たらず湿ってどんよりとした場所です。

そこには社会の底辺・最下層の貧乏人たちが住んでいます。

冴えない渡世人や職人、女をたぶらかす泥棒、秘かに夫を殺そうとしている人妻。

この長屋の住人は、個性的な人間ぞろいです。

住人達が日々の貧困生活にもがき苦しみ、その生活からの脱却を試みながらもうまくいかない。そんなリアルな現実を描いています。

 

ゴーリキーの戯曲『どん底』の時代劇版

 

タイトル通り、場末の長屋を舞台に、人生のどん底を味わっている住人達が繰り広げる社会の底辺の人々の様子を、切実かつユーモアを交えて描いた作品です。

この作品には、多くのエピソードがあります。

例えば、役者さん達に、舞台となる江戸の長屋暮らしを肌で感じてもらうために、撮影前に古今亭志ん朝さんから長屋を舞台にした落語を噺してもらってからリハーサルに入りました。

交わされる会話がリズミカルかつテンポがよいのが特徴で、カメラを複数台用意しての撮影は、舞台となった長屋の風景を如実に表現しています。

この撮影方式はマルチカム方式と呼ばれ、黒澤監督の別作品、「生きものの記録」でも試験的に採用されました。

この方式が非常に高い撮影効果をもたらし、1か月という驚異的な早さでクランクアップしました。

とりわけ、ラストシーンを中心に、ミュージカル映画に負けず劣らずのリズム感がスクリーンからあふれ出しています。

 

映画『どん底』を支える喜劇役者たち

 

この作品に登場する役者さん達は、喜劇役者が多く、魅力的な演技を繰り広げています。

まず、藤原釜足。

役者くずれの役柄ですが、過去に悲しい出来事を経験しています。

藤原釜足は身体が小さく、オペラのコーラスボーイから役者に転向し、本領を発揮しました。

一座に参加したのは、1930年のことで、榎本健一(エノケン)に誘われたのがキッカケです。

エノケンが退座された後、藤原釜足は浅草玉木座の主演クラスにのぼりつめました。

次に、渡辺篤。

作品では駕籠かき役を熱演されています。

浅草オペラのコーラスボーイの出身である渡辺篤は、役者としては松竹映画に長く出演されていました。

代表作として、日本製本格トーキー映画の第1作である「マダムと女房」で、田中絹江さんの夫役をユーモラスに演じたのが知られています。

他にも、有楽座では古川緑派さんの相手役として舞台に登場し、東宝映画にも出演されています。

そして、三井広次。

黒澤監督の作品に頻繁に登場する役者さんですが、大きな役どころで出演したのはこの作品だけです。

狂言回し的な胡散臭い遊び人を、見事に演じ切りました。

三井広次は、松竹映画の与太郎シリーズで注目を浴び、小津安次郎の「非常線の女」にキャスティングされたことから一躍時の人となりました。

ラストシーンでは、三井広次の捨てセリフが印象的で、その後拍子木の音が響き映画の展開が暗転します。

最後に、左ト全。

この作品では、お遍路役を演じています。

左ト全さんのデビューは、帝国歌劇部で「ブン大将」のコーラスボーイに補欠で選ばれたのがきっかけです。

映画デビューは今井正の「女の顔」で、当時55歳でした。

以降、茶目っ気のある老人役で様々な映画に出演します。

 

映画『どん底』の魅力

 

数多くの黒澤監督作品の中で、この作品は三船敏郎さんが出演しているのに、志村喬さんが不在という作品です。

そして、黒澤映画では非常に稀ですが、低予算かつ早撮りで完成した作品です。

一見、どうにも救いようのない、いわゆる社会の最底辺の人達の生活を描いているのですが、見ていて切なくも苦しくもならないのがこの映画の特徴です。

もちろん、タイトル通りに「どん底」ではありますが、それをあえて楽しんでいるような明るさに救われる映画です。

映画の中では、三船敏郎さんと香川京子さんと山田五十鈴さんの間で、男女の微妙な三角関係が登場します。

しかし、「白痴」のような悲壮感や苦しさ、切なさはありません。

人間ってアホだなと思えてしまい、苦しいよりはむしろほほえましくもなってしまいます。

どうしてこう思えてしまうのかと考えると、やはり黒澤監督の演出方法のよさと、芸達者の役者さん達の集まりの結果なのではないでしょうか。

「どん底」は、出演されている役者さんたちが繰り広げる真の演技を楽しむことができます。

個人的には、演技に関して、黒澤作品の中でも一二を争う秀逸な作品だと思います。

特にラストシーンは、圧巻ものです。

黒澤明監督の映画作品の中で、最も爽快感のある終わり方だと思います。