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『生きものの記録』(黒澤明映画第15作品あらすじと解説):35歳の三船敏郎が70歳の老人を演じた作品

1955年(昭和30年)11月22日に公開された映画『生きものの記録』。

当時35歳の三船敏郎が70歳の老人を演じて話題になった作品です。

この記事では、黒澤明監督の15番目の作品となる『生きものの記録』をご紹介します。

映画「生きものの記録」 あらすじ

裁判所の調停委員、原田はとある奇妙な事件を担当することになりました。

自分が経営する町工場で日々朝から晩まで忠実に働く老人、中島は、ある出来事をきっかけに原水爆と放射能に激しい恐怖心と危機感を抱きます。

この恐怖心と危機感を、彼は家族や世間に切々と訴えますが、誰も聞く耳を持ちません。

彼はこの危機から逃れるために、長年勤め築き上げた町工場も、保有する財産も全て一式処分し、守るべき家族とともにブラジルへ移住しようと行動に移します。

しかし、彼が感じている恐怖心と危機感は家族には全く伝わらず、逆に家族を戸惑わせてしまいます。

日に日に形相が変わり追い詰められていく彼に家族はついていけず、家族は裁判所へ彼を準禁治産者と認定してもらえるよう訴えます。

原田は調停委員としてこの事件に関わるうちに、彼の言い分に一理あると考え始めます。

しかし、家族の訴えを却下するわけにはいきませんでした。

彼はこの裁判を契機に、家族からも世間からも、なおいっそう孤立してしまうのです。

異色のヒューマンドラマとして話題となった黒澤明監督の「生きものの記録」は、音楽担当の早坂文雄さんの遺作になった作品です。

原水爆実験が人類に危機をもたらすと必死で世間に警告する老人と、その老人の警告を軽視し冷やかな視線を送る家族や世間との対比を、忠実に表現した作品になっています。

狂気だった老人、中島の役を熱演するのは、三船敏郎さんです。

当時彼はまだ35歳。精神的に追い詰められていく中島を忠実に描くべく、肋骨が浮き出るほど痩せた身体で役作りを行いました。

切迫した状況でもがき苦しむ老人の姿が、彼の言葉から伝わってきます。

 

映画『生きものの記録』とは

 

早坂文雄さんと黒澤明監督の関係は非常に深く、黒澤明監督の初期作品のほとんどの音楽担当は早坂さんです。

音楽以外にも、2人はよき親友であり、よき相談相手でもありました。

アメリカのビキニ環礁で核実験が行われ第五福竜丸が被災したのは、昭和29年でした。

当時早坂さんは黒澤監督に、「こう命をおびやかされちゃ、仕事もできねぇ」とつぶやいたそうです。

この核実験で、死の灰は予想区域をはるかに超えた場所まで広範囲に飛び散り、結果第五福竜丸にも被害が出たのです。

黒澤監督は、当時の早坂さんの言葉が忘れられず、反核映画としてこの作品に取り組み、世に送り出しました。

主人公の中島は、まるで何かの中毒にでもなったような言動を繰り返します。彼の放つ言葉や動きを、単なる老人の戯言と視聴者にとらえられないよう、黒澤監督はあえてまだ若い三船敏郎さんを主人公に抜擢することで世に訴えたのです。

黒澤監督の意図をしっかりと汲み、三船敏郎は完璧に中島役を演じ切りました。

当時の様子を黒澤監督が語っています。

 

これは三船君の大傑作だと思うんだけれども、撮影が終わって最後に三船君のいうことがうまい。

あの主人公の気持ちがいまだに俺にはさっぱりわからないって(笑)

 

この作品は、日本で初めて本格的にマルチカム方式を導入し撮影を行ったことでも知られています。

マルチカム方式とは、複数のカメラで撮影する方式で、当時の撮影方法としては非常に斬新なものでした。

撮影中に、早坂さんが結核のため亡くなられたことから、この作品は早坂さんの最後の作品となりました。

早坂さんの旅立ちは黒沢監督には相当な衝撃だったようで、黒澤監督は1週間ほど現場に来ることができませんでした。

当時のことについて、黒澤監督は、「片腕どころか、両腕を取られた気がした」と振り返っています。

 

映画『生きものの記録』の感想

 

この作品のラストは、精神的に追い詰められて心を病んでしまった中島老人を、原田と中島の妾がお見舞いに来る様子で終わっています。

この様子がとても心に響きます。

このストーリーの答えは全てここにあると思えて仕方がありません。

そう思う理由は、老人を心から理解し最終的に全てを受け止めたのが、老人が必死で原水爆と放射能から守りたかった血のつながった家族ではなく、血のつながりが全くない原田と老人の妾だったからです。

血のつながった家族ではない者の立場は、この作品では存在価値などありません。

しかし黒澤監督は、このラストの情景を通じて、世間に声なき憤りを全力で表現していると思うからです。

正しいことを主張するばかりに排除された老人が抱いた無力さや切なさ、やり場のない思いをここで表現しています。

家族関係を描いたドラマに、原水爆や放射能といった当時実に重い内容を重ねたことで、内容的に厳しいという評価もありました。

しかし、黒澤監督の作品にかける思いは、伝えたいことはとことん追求することであり、面白いことはとことん面白くすることでもありました。

この作品に限ったことではありませんが、黒澤監督はどの作品でも内容を曖昧に終わらせず、明確化させます。

黒澤監督は、ご自分の作品の中では決して妥協しません。自分の意志を曲げません。

そのような潔い性格がどの作品にも出ているので、名監督である反面、非常に不器用な監督でもあるのではないでしょうか。

今回の作品は、非常に分かりやすく、かつはっきりとしたテーマが根底にあります。

それを生かした作品作りでした。

テーマを生かした作品作りは、今回のようなシリアスな作品でも、娯楽大作でも、根本にあるものは変わりません。

余談ですが、この作品の成績は、黒澤監督が手掛けた作品の中で評価は最低だったとのことです。

このことからも、黒澤監督の良い意味での持ち味である不器用な部分が非常に表れている作品でしょう。

現在と違って、当時の原水爆や放射能というものに対するイメージや知識は一般的にはなじみが薄かったと思われます。

そのような中で、あえて作品からメッセージを発した黒澤監督の行いは非常に尊いものであったでしょうし、とても共感を持っております。