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『醜聞(スキャンダル)』(黒澤明映画第9作品あらすじと解説):マスコミへの怒りと不信感から生まれた作品

1950年(昭和25年)4月26日に公開された映画『醜聞(スキャンダル)』。

この作品は、黒澤明監督のジャーナリズムに対する怒りと不信感から生まれました。

この記事では、黒澤明監督の9番目の作品となる『醜聞(スキャンダル)』をご紹介します。

映画『醜聞(スキャンダル)』のあらすじ

 

 

この映画の主人公の青江はバイクを愛する画家です。

ある日、青江は絵画のために山へ向かいます。

そこで、有名な声楽家の美也子と出会います。

青江が美也子と一緒にいるところを偶然、雑誌社のカメラマンに撮られてしまいます。

これにより、青江は美也子との嘘の熱愛報道が出てしまいます。

青江の性格は一本気な性格のため、この熱愛報道に激怒します。

彼は雑誌社へ直接乗り込み、なんと、編集長を殴り飛ばしてしまったのです。

この件で、さらに騒動が大きくなってしまい、収拾がつかない騒ぎへと発展してしまうのです。

そのさなか、青江のもとへ弁護士が現れました。

 

映画『醜聞(スキャンダル)』は

 

この作品は、黒澤明監督が親友で松竹の監督である木下恵介の紹介により、初めて大船撮影所で監督した作品です。

黒澤監督は、日ごろよりジャーナリズムの強引な取材に対して不愉快に感じていました。

ある日、彼は電車の中刷り広告の過剰でセンセーショナルな見出しに呆れ返りました。

もちろん、言論の自由は誰しもにありますが、あまりにも自制心がなさすぎる。

行き過ぎた表現はいかがなものなのか?

許されることではなく、対策が必要なのではないか?

黒澤監督は『醜聞(スキャンダル)』の制作へ至った思いを、そう語っています。

松竹映画の得意とする分野は、女性映画や、日常を描いたホームドラマです。

一方で、黒澤作品はダイナミックで男くさい作品です。

一見、松竹映画と黒澤監督ではカラーが合わないと思いきや、本作品では黒澤らしいロマンティシズムが樹分に発揮されており、面白い作品に仕上がっています。

本作品は、マスコミの暴力的で行き過ぎた報道に怒りを覚えていた黒澤監督が、怒りに対して抗議するために企画したものです。

しかし、結果的には主人公青江に雇われた悪徳弁護士が改心するまでのプロセスの物語となりました。

この作品で、黒澤監督はのちに「日本一の助監督」と絶賛した野村芳太郎と出会います。

また、志村喬演じる弁護士のキャラクターは、実は飲み屋で偶然、隣にいた男性をモデルにしたのこと。

黒澤監督によると、その隣にいた男性が娘さんの話を盛んにしていて、その話をそのままセリフにしてしまったそうです。

 

志村喬演じる弁護士は大好きな役

 

本作品で、弁護士役を演じる志村喬は、この配役について「最も好きな役のひとつ」であることを公言しています。

また、本作品は黒澤ヒューマニズム全開の傑作であると言えます。

黒澤のヒューマニズムは、善と悪が対照的かつ画一的であり、揚げ足を取られやすいこともあります。

しかしながら、黒澤映画には、つまらない言い訳なしに、悪をきっぱりと断定し、許せないと心の底から血が騒ぎ、殴るところから物語が本格的にスタートします。

主人公の青江一郎、および本作品はまさに黒澤映画そのものです。

現実社会の複雑さと対立することに終始し、不毛な議論に必ずしも付き合う必要はないのです。

たしかに、私たちの現実は、年末になると忘年会で来年こそはいい年にすると誓いを立てます。

ヤケクソな気持ちで蛍の光を歌うほど、情けなく惨めなのかもしれません。

しかし、私たちは無数に輝く星空に絶対的な何かを見出すために空を見上げずにいられないのです。

夜空を見上げ、美しく輝くお星様になりたいと祈りにも似た願いがなければ、すべては一瞬で崩れてしまうでしょう。

黒澤監督はその弱点を思い切りさらしながら、あえてストレートに勢いのある表現で私たちに投げつけたのです。

私たちはそのことをしっかりと受け止めたい。

本作品は脚本についても非常にきめ細やかに考えられており、よくある法廷ドラマとは一線を画しています。

事件ドラマとしても、人間ドラマとしても、最後の最後まで目が離せない展開となっています。