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『野良犬』(黒澤明映画第8作品あらすじと解説):現在の刑事ものドラマ・映画の原点になった作品

1949年(昭和24年)10月17日に公開された映画『野良犬』。

日本における刑事ものドラマ・映画の原点になった作品であるといっても過言ではありません。

この記事では、黒澤明監督の8番目の作品となる『野良犬』をご紹介します。

映画『野良犬』あらすじ


刑事の村上はバスの中で、実弾入りの拳銃を掏られてしまう。

盗まれた拳銃が犯罪に使われてしまうかもしれないと焦る村上。

スリ係・市川刑事の協力で浮かび上がった女スリ・お銀を追い詰める。

そして、彼女からの情報を基に、拳銃の闇取引に狙いを定めて闇市に潜入し、盗まれた自分の拳銃を追い始める。

しかし恐れていたその拳銃による強盗傷害事件が発生。

村上はベテランの佐藤刑事と組んでその事件の捜査を担当することになる。

闇市のピストル屋がヒモである女や拳銃の闇ブローカーを辿った二人は、村上の拳銃をもっている男・遊佐に辿り着く。

そんな中、二件目の強盗殺人事件が発生してしまう。

村上と佐藤は捜査は切羽詰まり、やがて村上と遊佐の対決へと事態は進んでいく。

 

映画『野良犬』解説

 

黒澤明監督が、推理小説作家のジョルジュ・シムノンを好んでおり、この映画を撮るにあたってシムノン作品風のドキュメンタリータッチを目指しました。

この作風は当時では画期的なもので、今に至る刑事もの映画やドラマに生き続けている、いわばパイオニア的存在といって良いでしょう。

黒澤監督は新人脚本家に警視庁詣でをさせて情報を集め、その中から実際に起こった警官の拳銃紛失事件を題材として選びました。

映画の主要な舞台の一つは闇市です。

この場面では、カメラを箱に隠して実際の闇市を隠し撮りしており、闇市隠し撮りや警視庁詣でなどの妥協のない黒澤流本物志向が、敗戦直後の東京の生々しい裏の顔を捉えた、社会派サスペンスの秀作を生み出しました。

黒澤監督のこだわりは、実際の警視庁鑑識課同様の忠実なセット再現し、ドジョウ屋の生け簀(いけす)に生きたドジョウを入れたりと徹底しています。

復員途中に全財産であるリュックを盗まれた事のある村上は、犯人遊佐を追う過程で、遊佐も同様の経験からから悪の道へ落ちてしまった事を知って、複雑な気持ちになります。

同じ経験を経ながらも、追われる殺人犯と追う刑事という両極の結末。

そして正義感溢れる若い刑事と、世の中の裏の裏まで見て来た老練なベテラン刑事の対比。

この両極の妙なる組み合わせこそが、人や世の複雑さ、奥深さ、面白さを鋭く抉るこの映画の魅力となっているのに違いありません。

さらには、黒沢監督は撮影手法にもこの相反するものの組み合わせを使っています。

例えば、佐藤刑事が銃撃される場面、村上と遊佐の対決場面、遊佐が慟哭する場面などには、その場面にはミスマッチと思われる、静かで、穏やかなBGMを敢えて採用しています。

音と画の対位法と呼ばれる手法で、その画面の印象を際立たせるの一役買っています。

 

映画『野良犬』の感想

 

主役・三船敏郎と佐藤刑事役・志村喬の演技が素晴らしいのは当然として、その他の脇役陣や端役の役者さん達の演技にも隙がなくて映画全体を締まったものにしていると感じました。

黒澤監督の演技指導は実に厳しくて、セリフのないエキストラ的な位置付けの演者にまで、細かい演技を指図します。

例えば主演と誰かが絡んでいるのを、回りで人数が囲んで見ているシーンでは、周囲の無言の役者の表情や仕草にまで、唯見ているだけではない、その場に相応しいものを要求するのだから、端役の役者さんの演技にも凄みがでるのは当たり前でしょう。

この黒澤監督の姿勢は出演の犬にさえも及びました。

冒頭の犬が吠える場面では、その迫真の映像故に、アメリカ動物愛護団体から犬に狂犬病の注射をして撮影したと告発された程でした。

この件について後に黒澤監督が語っています。

犬を使ったシーンを撮ったときのことなんて今でも腹が立つよ。

動物愛護協会のおばさん、アメリカのね。

狂犬を撮るために、犬に狂犬病の血清を注射した、なんてわけのわからない抗議をしてきてね。

あれは野犬刈りで捕まった犬を借りて来て、狂犬病のメイクアップして撮ったんだよ。

夏の暑い日に、新東宝のグランドを自転車でぐるぐる回らせて、ハアハアさせて、肉つるしてってやってね。

戦争直後だから日本人は残酷だって思われてて、大変だったよ。

 

今の刑事ものドラマや映画では、必ずといって良い程ベテランと若い刑事が組になっています。

珍しくそうでないのは、クリント・イーズとウッドのダーティハリーぐらいでしょうか。

その原点がここ、野良犬にある様に思えてなりません。

そんなエポックメイキングな作品にもかかわらず、黒沢映画の代表作としては、七人の侍や用心棒、羅生門などに比べれば知名度や人気が今一なのは残念至極です。

「野良犬」は、人生や社会の不条理、悲哀、憎しみなどが描かれた黒澤ヒューマニズム映画の最高峰だと思うのは私だけでしょうか?