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『静かなる決闘』(黒澤明映画第7作品あらすじと解説):不治の病に感染した医師の苦悩を描く作品

1949年(昭和24年)3月13日に公開された映画『静かなる決闘』。

当時は不治の病とされていた梅毒に感染した医師の苦悩を力強く姿を描いた作品です。

この記事では、黒澤明監督の7番目の作品となる『静かなる決闘』をご紹介します。

映画『静かなる決闘』あらすじ

 

戦中の野戦病院に勤務する医師の藤崎は、患者の梅毒に感染してしまいます。

戦後、父親の経営する病院で勤務を始めた際、藤崎は自分が梅毒に感染していることを誰にも告げていませんでした。

当時藤崎には婚約者がいましたが、梅毒のために結婚はかないません。

藤崎は、婚約者と距離を置きはじめるのですが、それが逆に婚約者を苦しめてしまいます。

苦悩する藤崎は、自分の梅毒のことを父親に打ち明けます。

しかし、藤崎と父親の会話を、見習い看護師に聞かれてしまうのです…。

 

映画『静かなる決闘』の

 

この作品は、黒澤監督が東宝を離れて初めて撮ったものです。

後の自伝で、黒澤監督は、当時爆発的な人気となった三船敏郎さんの人気が、今まで演じたやくざ役に傾いているのをこの映画を通じて止めたかったと語っています。

あえて倫理観の強いインテリの役を三船敏郎に演じさせることで、三船敏郎の更なる役者としての成長を期待してのキャスティングだったそうです。

大映側からの批判は強かったのですが、黒澤監督の意図を汲んだ三船敏郎は、その役を見事に演じ切りました。

当時、梅毒には特効薬はありませんでした。

三船敏郎は、患者の手術中に梅毒に感染してしまった医師の苦悩を、忠実に演じています。

この作品の原作は、大ヒットとなった菊田一夫さんの戯曲の「堕胎医」でした。

映画化とはなりましたが、原作のラストでは主人公は精神的に狂ってしまっています。

このラストについて、当時占領軍の民間情報教育局から、治療を諦めてしまうようなラストでは困るとクレームがついたため、映画化では内容が変更となりました。

ストーリーの大部分は、病院内が舞台です。

黒澤監督作品としては稀な内容で、淡々と物語が進んでいきます。

これは撮影が大映だったからというわけではなく、梅毒と闘う医師の苦悩を静かに描いている狙いがあるそうです。

静かではありますが、カメラアングルには俯瞰や煽りが随所に含まれていて、躍動感にあふれているところが黒澤監督らしいところです。

作品の中では、医師の生き様から若い看護師が何かを感じ取り、成長していく姿が映し出されています。

そのやりとりから、師弟関係が見受けられます。

 

映画『静かなる決闘』における静かなる戦い

 

この作品を見ていると、最近のテレビドラマや映画、小説、アニメなどが、売上や視聴率に翻弄されて、視聴者や読者を軽視しているかが分かります。

この作品からは、一貫してぶれない力強さや人間性を感じ取ることができます。

いつの間にか定着してしまった、自己犠牲が偽善的だという考え、カッコ悪いという思いはどうして起こってしまったのだろうかと痛感します。

口数が少なく不器用な藤崎だからこそ、婚約者に一切何も話せないのです。

その様子は、婚約者にしてみたら非常に切ないでしょうが、逆に人間らしく婚約者を想う心から生じていることで、見ている者にじれったさを感じさせます。

翌日には結婚するという恋人に、触れることなく帰した藤崎を想うと、切なくなるのです。

その一方で、藤崎が峰岸看護師に思いをぶつけたシーンでは、藤崎が今まで胸に秘めていた怒りや悲しみが、峰岸看護師に乗り移ったようで息をのみました。

怒りや悲しみは目に見えないので、それが相手に乗り移るように感じられたのは、やはり三船敏郎さんの気迫あふれる演技あってこそのことでしょう。

最近のドラマや映画では、秘密を知ってしまった人間が、軽々しく他人へ漏らしてしまいがちです。

この作品では、誰もが心に鍵を持ち、決して他言しません。

その様子も、重いテーマだからこそ心に響きます。

原作である菊田一夫さんの舞台劇から得た社会性を黒澤監督が感じ、引き継いだのでしょう。

戦後の黒澤作品は、どちらかと言えば社会性の強い現代劇の内容が続きます。

当時、時代劇が禁止されて撮れなかったという事情がありますが、その中でも黒澤監督の描く演出にはありあまる勢いを感じます。

見えない映像の裏側から、世間に何かしらの強い怒りのようなものが伝わってくるのです。

長回しが多い上にカメラの移動も最低限、その分時間をかけてドラマを紡ぐ演出は、作品に安定感をもたせています。

映画『静かなる決闘』は、まさに黒澤監督自身の静かなる戦いが昇華された作品であると言っても過言ではないでしょう。